捉え方次第でゴミ拾いが素晴らしいことでなくなる

こんばんは、西橋です。

早朝事務所へ向かっている途中で、ゴミ拾いをしているパチンコ屋の店員さんを見かけました。そのパチンコ屋さんの場所からは結構離れた場所でされていたので、朝から頑張っておられるなと思いました。

ただ、ふと感じたのが、パチンコ屋の店員さんがゴミ拾いをするのはよく見かけるということです。

ゴミ拾いをするというのは、社会的に見て素晴らしいと評価されることの一つですよね?

それを業務の一環としてパチンコ屋が店員さんにやらせることによって、広告宣伝、イメージアップにつながります。ジャケットを着てやることでどこの店かも分かりますので。

そう考えると、パチンコ屋の店員さんがされているゴミ拾いは素晴らしいことではないように感じます。

ゴミ拾いという活動一つとってみても、どの角度から見るかによって感じ方って変わるんですよね。

これと同じことが人間関係においても言えます。

例えば、

他の人と話すときはよく話す人が自分と話すときだけあまり話さない

という出来事があるとして、

「私のことを嫌っているから話さないのだろうな」

と感じると、つらい気持ちになりその人を避けたくなります。

でも、

「他の人と話すときは無理して話してるけど私のときは無理しなくていいから話さないのだろうな」

と感じると、良い関係が築けているなと嬉しくなります。

日々起こる出来事の中で違う角度から見ると解決する問題もあるかもしれませんよ。

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